「どうしてあのサイトを使おうと思ったの?」
夢子が聞くと王子はこういった。
「僕25歳なんですけど、周りはみんな結婚してるんです。けど僕は結婚する前にいろいろ見ておきたいな、って思って」
25歳で結婚を考えるのか。俺たちの世代の感覚からしたら早いほうだ。けど、今の20代は早く結婚する者も多いらしいと聞く。俺はそう理解したが、夢子の中では
(大変だわ……王子だから若くして政略結婚させられるのね)
と勝手なストーリーができあがっている。
「そうなんだ……。あのサイトはよく使うの?」
「はい、アンジェリカさんで3人目くらいです」
と笑顔の彼。そんなことも言ってしまうのか。あっけらかんとしすぎじゃないか? 俺は少し呆れたが、夢子は、
(ああ、やっぱり私とは住む世界が違う人ね。愛されて育った人はあけっぴろげなんだわ)
との独自解釈に陶酔している。
私は、性的にノーマルなのか?
「私10年くらいレスなの」
恒例の、「けどひとりではしてたんでしょ?」という会話に飽きていた夢子は、それが始まる前に自分から聞いてみた。
「いつもはどういう風にしてるの?」
「僕はノーマルですよ。アンジェリカさんは?」
夢子は「私もノーマル~」と、言いいかけてふと口をつぐんだ。
10年もセックスレスだったのに「ノーマル」を名乗っていいのだろうか? 性感マッサージさんや「変態」を自称する舐め犬さんと会った私は「ノーマル」? それを言ったら数時間前に初めて対面した王子と今、ホテルにいることだって「ノーマル」なのだろうか……?
わからない。わからないことだらけだ。とりあえず女王さまではないという意味を込めて「うん、私もノーマル」と澄まして言っておいた。
シャワーを浴びている間も、夢子はまったく性的な気配を感じることがなかった。おかげで身も心も大変気楽でいられた。
「じゃああっち行きますか」
と誘導する王子と寝台に入る。「これから学級会をはじめまーす」とでもいうよなノリである。これがゆとり世代なのかもしれない。
彼は、褒めてくれた。
「お肌綺麗ですね~。ちなみに何歳なんですか?」
王子が聞く。
「まあ30代ってことで」
褒めてくれるなんて、なんていい子なんだ! 感激しながら夢子はお茶を濁す。25歳のはじけるヤングに、実年齢を伝えるのは酷かと考えたのだ。
「嬉しい! 年上初めてなんですよ。僕、年上の人経験してみたかったんです」
俺に言わせりゃ、これはおよそ考えうる限りで最も完璧な返答だ。さっきの褒め言葉だって、年上が嬉しいという言葉だって、リップサービスかもしれない。たとえそうだとしても、少なくとも彼のスマイルが素晴らしいことに偽りはなかった。
先日舐め犬さんに会ったことも影響し、夢子はデータ収集のため尋ねた。
「いつも何分くらいクンニする?」
夢子のド直球な質問にも王子は動じず、にこにこしたままだ。
「みんなさせてくれないんですよ」
「なにーーっ!」
夢子は驚愕した。そんなことでいいのか、日本の女子は! というか、わざわざ舐め犬さんに会った私はよっぽどの少数派ということか。ならば今後、私も「変態」を名乗ったほうがいいのだろうか……? アイデンティティクライシスだ。
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