
果たしてちんぽは届くのか。イラスト/大和彩
オーケイ、消灯だ。
* * *
王子がたくさん褒めてくれたおかげで、夢子のアイデンティティ考察は頭からふっとんだ。
「あっ、ほんとに綺麗ですね~」
「可愛いですね~」
「お肌すべすべ~気持ちいい~」
褒め称えてもらい、夢子はご機嫌だ。喜ぶ猫のように目を細めてゴロゴロ喉をならしている。王子はこうも言ってくれた
「おっぱい柔らかい~。これはいいおっぱい」
一瞬、夢子は喜んだ。しかし王子の次の言葉にハッとした。
「みんなおっぱい硬いんですよねぇ」
(そういえば私も、昔はもっと硬かった。いつの間にか私のおっぱいには張りがなくなっていたのか。これが加齢!)
せっかくの賞賛なのに、何でもかんでもネガティブに捉えてしまうのが夢子の悪いクセである。
美しい、ちんぽ。
王子が誘う。
「僕のも見てくださいよ」
我々は上体を起こした。よっこらしょ。
(はいはい、ちんぽ鑑賞timeね。私、男根は特に見たくないんだけど……はうあっ!?)
夢子は目を疑った。
そこに恥ずかし気に輝いていたものには、信じられないような素晴らしい「美」が宿っていたからだ。ヴァイオリンの弓のようにしなやかなそのフォルムは洗練され、あくまでもスタイリッシュ。だが草原を駆ける優美な獣のような野性味も兼ね備えている。ぴちぴちとした魚のようにつややかで、角度によって色が変わり、神秘性すらまとっていた。
「綺麗……」
夢子の口からは、ちんぽを見た感想として一生言わないだろうと思っていた言葉が自然にこぼれていた。この弓は、私のG線上でどんなアリアを奏でるのかしら……。王子はそうでしょうとも言うように鷹揚に頷きながら答えた。
「よくいわれます」
痛みはない、けれど。
だが期待に高揚する夢子の耳にアリアが聞こえることはなかった。
それは奇妙な感覚だった。王子の身のこなしは徹底して優しく、慈愛に満ちている。まるで赤ちゃんの頬にキスするようにごく柔らかに体に触れる。しかし、自身のたぐいまれなるストラディバリウスを弾きこなすところまで王子のヴァイオリンレッスンは進んでいないのだろう。
痛みはまったくない……というよりも、夢子は何も感じなかった。例えるなら、そよ風に肌を撫でられているような感覚である。
(すごい! 気持ち悪くない。痛くもない。だけど、気持ち良くもない!)
今までは「気持ち悪い・痛い」イコール「気持ち良くない」だった。でも今は気持ち悪くないし、痛くもなく、相手のことも好きだ。夢中と言っても良い。なのに快楽がないとは! そういうこともこの世にはあるのか、勉強になった。