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子宮摘出手術、決定! 身寄りナシの女性が病院を見つける苦難と術後の不安要素

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 WHOでは「健康というのは、単に病気がないということではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態」といっている。夢子は週に5日は20時間、寝込んでいた。生物としては死んでいなくとも、社会的には死んでいる。WHOの定義では健康ではない。

「医師が言うように私がまだ『若い』なら、もっと活動できなくちゃおかしいじゃん。いくら死なない病気でも、痛み止めがないと動けない時点で尋常じゃないよ。QOL指数で手術適用を判断してほしいもんだわ!」

 と夢子はぷりぷりしていたが、怒っていても何も解決しない。よそをあたるしかなかった。

 自分の求める治療を提供する病院を探そうにも、とりあえず行ってみないと、どういう治療方針なのかわからないのが患者には肉体的・精神的に大きな負担である。ピル処方か手術が可能な病院を見つける前に、行き倒れになりそうだった。

 貴重な座薬を入れても、歩くと内臓に響いて痛み、体力は削られる。駅から病院まで10分程度の距離でも休み休み進む。紹介状を取りにいくだけのために手術を断られた大学病院を再度訪問する時など涙目になるほどつらかったが、我々にはそれを訪問した病院の数だけくり返すしかなかった。

子宮摘出が内視鏡手術じゃない!?

 別の総合病院では、子宮摘出の腹腔鏡手術(体を大きく切り開かずに行う手術で、開腹手術に比べて痛みが軽く日常生活や仕事復帰が早い)をやっておらず、開腹手術しか選択肢はないと言われた。

 おいおい冗談だろ! 俺はおったまげたね。この国はハイテクの国じゃなかったのか。自動でケツを洗ってくれる便器があるのに、腹腔鏡での手術が行われていない病院がまだ存在していたなんて。

 ずっと痛みをもたらしてきたのを棚に上げてなんだが、摘出される者として言わせてくれ。俺たち臓器はこれでも宿主の体を一番に思ってるんだよ。夢子に開腹なんかさせられるか! ドクターが言うように、いわゆる「死なない」病気ならなおのこと、ダメージが少ない手術法でなければ本末転倒だろ。夢子は摘出を10年待ったんだぞ。昔、日本ではまだ腹腔鏡は一般的じゃなかったが、その頃とは違うと思い込んでいた。けど、ピルがまだまだ嫌われていたり、リュープリンの処方がいまだに提案されるのと同じく、あまり変わってないのかなあ。

 そうこうしているうちに、なんと夢子には、いくつか他の疾病も見つかってしまった。検査の結果が出るまでの待ち時間、置いてあったウイッグのパンフレットをついつい見てしまったがゆえに、パニック発作まで出てしまった。

 そろそろひとりで病院を探すのは、肉体的・精神的に限界なのかもしれない。何かをひとりでこなせない――それは今まで生きていて一度も感じたことがなく、夢子にとっては馴染みのない種類の不安だった。今まで思いもしなかったけど、このままでは手術が叶っても起き上がれないのではないだろうか。

付き添ってくれる人がいない!

 頼れる家族や親戚のいない夢子がそこで思いついたのは、病院への付き添いを有償で頼むことだった。付き添いがいれば少しは気が張って、病院への道のりや待ち時間でももっときびきび動けるかもしれない。もしくは、紹介状を取りに行くだけの時に代行を頼めたならどんなに負担が減ることか。

 普通の便利屋さん、女性だけの便利屋さん、レンタルおじさん、出張ホスト、出張彼氏、ハウスキーパーまで調べたがすべて横並びで時給6000円+交通費、利用2時間からであった。きっと各種出張サービス業の間で取り決めがあるのだろう。人間をひとり拘束するのに決して不当な額ではないが、収入の少ない夢子には払えないとわかった。

 もはや精神力だけが頼りだった。「とりあえず、今日1日だけ精一杯やる。Take it one day at a time」という言葉をぶつぶつとくり返した。未来のことも過去のことも考えない。今の瞬間やるべきことだけに集中する、と自分にいい聞かせ続けて早半年。我々はようやく「腹腔鏡での子宮摘出手術、できますよ」という病院に辿り着くことに成功した。手術は3カ月後になるらしい。アポが取れてホッとした。

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大和彩

米国の大学と美大を卒業後、日本で会社員に。しかし会社の倒産やリストラなどで次々職を失い貧困に陥いる。その状況をリアルタイムで発信したブログがきっかけとなり2013年6月より「messy」にて執筆活動を始める。著書『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』。現在はうつ、子宮内膜症、腫瘍、腰痛など闘病中。好きな食べ物は、熱いお茶。

『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』