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子宮摘出手術をひとりで受けて、ひとりで退院する。解決すべき課題と医療の進歩

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 もうひとつ気がかりなことがあった。子宮内膜症などの手術の際、Rを投与する病院が少なからずあると聞いていた。10年ほど前に提案され、最近でもピルの代替薬として勧められたが断ったあのRだ。

 Rのせいで骨量が低下したところにアパートの階段から落ちたら、今度こそ骨折してしまう可能性大だ。ひとり暮らしの女性が骨折から寝たきりになり孤独死する、この国に蔓延するケースに自分がなるかどうかの瀬戸際である。入院の予約を取る際に、医師にこういった。

「私は鬱ですし、ひとり暮らしで骨量低下もすごく心配なので、手術前のRはなしでお願いできませんか」

 恐怖から夢子の眉間にはくっきりとしわが刻まれていた。事前の検診で、医師はすでに子宮の動きを確認していた。これなら内視鏡で摘出できるし、卵巣も腫れていないからきっと複雑な手術にはならないだろうという結果だった。医師は言った。

「そうですか……癒着もありませんし、ご本人がRなしを希望するということでしたらなしにしましょう」

 こりゃ、言ってよかったなぁ、おい! 話のわかる先生でよかったぜ。しかし、何も言わなかったらやっぱりRを投与されていたのか。そう考えるとちょっと怖いな。

長年ピルを服用してきた甲斐が!

 癒着がないと言われた時、夢子は誇らしさに胸がはちきれそうだった。

(そりゃそうよ、腹腔内の炎症や癒着を最小限に留めるため、私は10年以上も前から根性で毎日ピルを服用してきたんですもの!)

 子宮内膜症の治療薬としては未認可だった昔から、地を這い泥水をすする思いでピルを確保し、家族を含めた周囲にバレないよう服用してきた。その積年の努力は、今日という日を迎えるためにあったんだ。この瞬間、これまでの苦労が報われたようで夢子はじーんと感動していた。

 手術の予約の時には、付き添いが必要か否かもまっさきに確認した。

「私は身寄りがないので、手術中に待機してくれる付き添い人はいません。手術同意書にサインしてくれる者もいないのですが、大丈夫でしょうか」

「いるにこしたことはないのですが、無理な場合はいなくても大丈夫ですよ」

 医師は手術同意書親戚の署名・押印の欄に、鉛筆でさっと×印を書き込んでくれた。

(ありがたい、病院の制度が進化して未婚・身寄りのない者にも優しい制度になっている!)

 夢子は心底ほっとしながら署名捺印した。医療が10年前とあまり変わっていない、と憤慨したことは記憶に新しいが、変化している点もあってよかったなぁ。

人生と体のコントロールを取り戻す

 とはいえ、「何かがあった際の緊急連絡先は必要」とのことだった。

「友人に重荷を背負わせることはしたくないので、もし手術中に何かがあっても私は病院の判断に従います。手術中に死んだ場合のこともすべて委ねます。だからこの連絡先は形式的に書き込むだけにさせてください」

 夢子は何度も念を押してから、友人・キャリーの携帯番号を書類に書き込んだ。

「死んだ場合」と夢子が言った時、医師は少し困った顔をした。こんな時に口にするにはたしかに縁起でもないことかもしれないが、自分のような独り者が死に関して意思を明確にしないままでは、人に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 それに、夢子はこれまでずっと希死念慮とともに生きてきた。うっかりビルから飛び降りたり、衝動的に電車のホームに飛び込んだりしないよう注意する日常だったので、「死」については考え慣れている。どう死にたいかを意識して生きてきたからこそ、よりよく生きるための手術することを今回選んだのだ。このまま人生を無駄にして腐ってしまっては、自殺を我慢し続けてきた甲斐がないってもんだ。

 精一杯努力して人生と体のコントロールを取り戻す。そのプロセスの途中で(たとえば手術中などに)死んでしまっても、それはむしろ前向きなことだと解釈しているから後悔はしない、と言い切れる。夢子は、体調に関しては結果にコミットするつもりはく、努力したというプロセスが大切だと考えている。どんな結果になろうと、我々は受け入れる所存だ。

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大和彩

米国の大学と美大を卒業後、日本で会社員に。しかし会社の倒産やリストラなどで次々職を失い貧困に陥いる。その状況をリアルタイムで発信したブログがきっかけとなり2013年6月より「messy」にて執筆活動を始める。著書『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』。現在はうつ、子宮内膜症、腫瘍、腰痛など闘病中。好きな食べ物は、熱いお茶。

『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』