連載

子宮摘出手術前夜、人生をともに過ごした子宮に「ありがとう」と「さよなら」を!

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 事前に写真のお願いをしておいたキャリーも「わたくしにお任せを」というように、大きく頷いている。医師は乗り気ではない様子だったが、最後はしぶしぶ同意してくれた。

「ええ~……じゃあほんの一瞬だけですよ。けど手術後までとっておくことはできません!」
「はい、ありがとうございます!」

 これで妥協したが、直に俺を観察できないことを夢子はとても残念に思った。それは感傷ではない。レオナルド・ダ・ヴィンチは子宮とその中の胎児をスケッチするために妊娠した女性の遺体を手に入れ解剖した。そんな労力を経なくても、俺を直視できるチャンスが巡ってきたのだ。それを逃すのが夢子には非常に悔しいのだった。

手術前夜に噛みしめる喜び

 説明が終わり、キャリーは「また明日来る」と言って去った。夢子ひとりになった。夢子はカーテンで仕切られた2m1.5mほどのスペースでワクワクしていた。信じられなかった。明日、手術するのだ! ようやく念願がかなう。ここには痛い思いや苦しい思いで寝ている人たちがたくさんいるのだから、無神経にへらへらしたくはないが、正直、嬉しくてならなかった。

(苦節ウン10……ついに私は、ここまで来た! 手術が終わったら、新しい人生にはばたけるかしら!?

 油断すると喜びのあまり笑いがこみ上げてきそうになる。気を引き締めなくてはならない。

 エコノミークラスの病室であっても、各ベッドに冷蔵庫やテレビ、DVD・ブルーレイプレイヤーが備えてある。テレビは夢子が家で使っているものの何十倍もお値段のはる国内有名メーカーの代表的機種だ。

(こんな高級品、見たら目が潰れるのでは)

と触るのを躊躇してしまう。ベッドのリモコンを使えば背もたれや脚を載せる部分の角度も変えられる。

 レンタルした清潔なパジャマに着替えると、笑顔の看護師がわざわざ食事を運んできてくれたので恐縮した。食事はメニューに合わせて中華柄のお皿に盛られている。寒い季節であったが病室は暖かい。パジャマ1枚で十分、上に何かを羽織る必要もないのだった。夢子はぽかぽかしながら思った。

(ここは天国じゃないだろうか……退院したら鬱になるな)

病院は頼る先がない人のための場所

 夢子は普段、掃除の行き届かない部屋で隙間風に震えながらせんべい布団で寝ている。薄い布団は腰が痛くなるが我慢するしかない。食器は縁の欠けたどんぶりしか持ってないし、食事内容はお世辞にも栄養バランスが取れているとは言えないものだ。そもそも体がつらいので1日に1食程度しか食べない。人の笑顔に触れることもない生活だ。

 身寄りがいないたったひとりでの入院はつらいのでは、と思い込んでいたが、普段の生活よりよっぽど温かみがある。その昔、家族に見放された病人は座敷牢に閉じ込められることもあったという。頼る人もなく、病に弱って行き倒れになった人たちもいた。そんな人たちのために各地に作られた療養所が日本の病院の原型だという。

 夢子は実感した。

(そもそも病院って、私みたいな孤独な人のためにある場所なのかもしれない)

 とはいえ、ここはあまりにも快適すぎる。優しさに溢れている。慣れてしまったら自宅の厳しい生活に戻れなくなってしまう。病院の温かみはかりそめ、依存してはいけない! と自分に何度も言い聞かせる夢子だった。

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大和彩

米国の大学と美大を卒業後、日本で会社員に。しかし会社の倒産やリストラなどで次々職を失い貧困に陥いる。その状況をリアルタイムで発信したブログがきっかけとなり2013年6月より「messy」にて執筆活動を始める。著書『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』。現在はうつ、子宮内膜症、腫瘍、腰痛など闘病中。好きな食べ物は、熱いお茶。

『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』