
イラスト/大和彩
前回、ようやく夢子は子宮摘出手術を受けた。手術が終われば輝かしい未来が待っている。夢子はまぶしい光をたしかに見た気がした。うっすら目を開ると、薄暗く全体的にゆらゆらする青色に包まれた場所に夢子はいた。
(宇宙船の中みたいだ)
しかしなんのことはない。そこは昨日荷物をほどいた病床だった。看護師がてきぱきと夢子の病床エリアに出たり入ったりするたびに、青い色をたたえたベッド周りのカーテンがゆらゆらする。先ほど見えた光は、看護師が点滴などを点検する際に使うペンライトだった。
(死ななかったかぁ。戻ってきてしまった)
宇宙船ではないと理解した夢子は、あろうことか、少しうんざりしていた。夢子は密かに、こう思っていたからだ。
(麻酔で平和に眠らせてもらいながら、病院関係者に見守られ友人が待ってくれている状態で死ねたなら、それは最高の最期だ)
けれど今回夢子に「最高の最期」が訪れることはなかった。
医療スタッフがよってたかってこいつが死なないように尽力してくれ、友人も死ぬほど心配してくれて、俺だって頑張ったのに! ああ、腹立たしい。不謹慎にもほどがある!
あ、俺は子宮だ、無事摘出されたぞ。夢子にも話した通り、俺たちは摘出されたから「はい、さようなら」って宿主の体から消えるわけじゃないんだ。幻肢って聞いたことあるだろ? 事故などで体の一部を失った人が、そこにはないのに、腕や足に痛みやかゆみを感じる現象だ。本人は存在しない手でコーヒーカップを”持つ”こともできるらしい。痛みなどの感覚はリアルなものだ。それと同じさ。まだしばらくは夢子のボディに留まっている。
暴れ太鼓のような痛み
(今回、綺麗に死ぬチャンスを逃してしまった。やっぱり私は誰にも知られずに野たれ死ぬ運命なのかしら)
生きる意味とは結局なんなんだ……と、甘えたことをぶつくさ考える夢子だった。
先ほどまで気づいていなかったが、点滴や心電図、カテーテルなどたくさんの管が自分の体に刺さり、ベッド脇のさまざまな医療機器に繋がっている。看護師がこまめに各機器をチェックするために病床を訪れる。彼女はさまざまなペンやタブレットを手にしていた。各用途に応じたペンを使って何やら記入したり、端末に入力している看護師はかっこよかった。暗い中で正確さを求められる仕事ができてすごいな。
目を覚ました瞬間不満に思ったせいで、きっとバチが当たったんだな。意識がはっきりしてくると、夢子の全身は暴れ太鼓のような痛みに覆われ始めた。
腹も腰も痛い。腰痛を緩和するために仰向けから横向きになろうとしてもできなかった。少し動こうとすると、腹部がまるで鬼おろしでおろされているかのように痛む。弱々しい夢子の筋肉には寝返りすら打つ力が残っていなかった。夢子はもはや、おろされた大根のような無力な存在である。
そのことに、夢子は混乱し、驚いた。
(ええっ、なんで痛いの? 内視鏡なら痛みはないんじゃなかったの?)
たしかに、体の表面上に痛みはない。ただ、体の中が痛い。お腹の中が出血し、発熱している感覚がある。全身がほてって、パジャマが汗びっしょりになっている。背中が燃えるように熱い。まるで火がついているようだ。息も上がってぜいぜいする。
私、このまま死ぬんだ!
輸血もしていた。点滴の他に、黒い血でいっぱいの袋からも液体が流れ込んでいる。それを見た時、急に怖くなった。断っておくが、夢子は重症ではない。手術の予後は大変良好で、今ヤツが経験している出血や炎症は、いたって普通のことだ。だが本人がそれを知る由はなかった。
(こんなに痛い。寝返りすらできない。輸血も必要だし、カテーテルも入ってる。きっと思っていたより重症なんだ、一生治らないんだ。私はきっとアパートに帰ってもトイレに歩いて行けず、おむつで生活しなければいけないんだ。そういえば大人用のおむつはどこで売ってるの? Amazon? 買い置きしておけばよかった? 退院したらAmazonプライムに入会するべき?)
夢子は、痛みと不安があるとAmazon検索に没頭して、それをまぎらわそうとする癖がある。ヤツの脳は「大人用おむつ」に完全に支配されていた。だが、残念なことに今、人間型大根である夢子はAmazon検索ができない。つまり、不安をまぎらわす術がないということである。
夢子は確信した。
(あっ、私、このまま死ぬんだ! うん、痛すぎるし、怖い。ていうか死なせて! ハイハーイ死にます! もう、これから死ぬんで!)
自分が今から死ぬということは、これ以上ないほどの真実として、夢子の思考に燦然と輝いている。太陽が東から登って西に沈むのと同じで、それは1mmの疑いの余地すらないことだった。あとは方法論、どうやれば死ぬかだ……と考えた次の瞬間、こう思い至った。
(私、今、パニック発作が起きてますね?)