カルチャー

自然分娩・母乳育児礼賛に苦しめられる女たち

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 無痛分娩で出産した知人は「本当は痛くなかったけど親戚が自然分娩だと思い込んでいたから痛そうな演技をした」というから、妊婦自身が痛みなく産みたいと思っていても周囲がそれを望んでいない・または自然分娩が当然だと思っている場合もある。恐ろしい世の中だ。

 ある産院のウェブサイトを見ると、いまだに日本において自然分娩がポピュラーな理由として、このような例を挙げていた。『昔からよく使われる「お腹を痛めて産んだ子」という表現に象徴されるように、無痛分娩だと愛情が薄くなるという思い込みがみられます』、『「陣痛の痛みに耐えてこそ母親になる資格がある」「陣痛から逃れるのは弱虫だ」という価値観の壁があるようです』……はっきり言わせてもらうが陣痛の痛みに耐えようが耐えることができなかろうがほとんどの母親は愛情を持って子供を育てる。陣痛の痛みの度合いが、子育ての愛情を左右することはない。例えば、無痛分娩がポピュラーとなっている欧米諸国で産まれた子供の大多数がネグレクトを受けているなどのデータでも存在しない限り、このような話は単なる思い込みと見てよいだろう。こうした説が浸透したのは過去、自然分娩しか選択肢がなかった時代に、なんとか妊婦に出産を頑張ってもらうため、その行為を必要以上に美化させた結果なのではないか? などと想像もしてしまう。

 しかし不思議なのは、無痛分娩を選択した母親たちが自然分娩に批判的なことをほとんど言わないのに対し、自然分娩を選択した母親、またはそれを良しとする者たちは、無痛分娩に対して批判的である場合があることだ。こうした傾向は、出産後の子育て方法においても見てとれる。ミルクや混合(母乳とミルク)での子育てを選択した母親が母乳育児について批判的なことを言う場面に出くわしたことがないが、母乳育児を選択している母親やそれを良しとする者たちが、ミルクや混合での育児に難色を示すような発言をしている場面にはたびたび出くわすのである。これはおそらく、そういった発言をする者が、自然分娩や母乳育児を選択する自分たちのカーストが上だと思っているからに他ならないのではないかと肌で感じている。

 母乳かミルクかは、それこそ時代によってトレンドがあり、現在は目下、母乳育児が見直されているところのようだ。ところが母乳育児は非常に体力を消耗する。筆者は産後、これまでにないほど病気を繰り返し入院するハメになったため、早々に混合育児に切り替え断乳を敢行したのだが、当時、これまた助産師に反対されたうえ、「何年あげていてもいいから、できるだけ長くあげて」とすすめられた。殺す気か! 皆、言うことは同じで、“子供のために一番良い”が合言葉だ。しかし子を育てる母親が授乳のために体力を必要以上に消耗するのであれば、早めに母乳をやめるという選択肢があってもよいはずだ。そのほうが“子供のために良い”かもしれない。満身創痍の母親を前にして“子供のため”という大義名分を掲げ平気な顔をして勝手なことを言う第三者たちにはほとほと閉口した。早くに断乳することが悪いことであるかのようだ。

 またママ友たちとの会合などでは“母乳がたくさん出る”ことが結構誇らしいことなのか、何人かの口からそういったことを語られることが多い。でも、出ない人もいるのである。産後の入院中、授乳室でオッパイが出なくて苦しんでいたママさんなんかも見てきたので、そういった自慢話(?)を聞くとなんともデリカシーのない女性だな、なんて思ってしまうのだ。

 どういった出産方法を選択するか、どういった育児をするか、それは母親となる女性のライフスタイルに加え、それぞれの体調や年齢、事情によっても選択肢が異なってくる。母親が死ねば大変だ。だから母親の心身が健康であることをまず優先すべきだと筆者は考える。ところが“子供のため”という殺し文句が、1人の人間として選択することよりも、母親として子供にとって一番良いことをするように、という暗黙のプレッシャーを与える。だが、他人がまだ話すことも出来ない子供の気持ちを勝手に推し量り、勝手に母親はこうであるべきと決めつける、それこそエゴではないだろうか?

ブログウォッチャー京子/ 1970年代生まれのライター。2年前に男児を出産。日課はインスタウォッチ。子供を寝かしつけながらうっかり自分も寝落ちしてしまうため、いつも明け方に目覚めて原稿を書いています。

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ブログウォッチャー京子

インスタウォッチが日課の子持ちライター。子供を寝かしつけながらうっかり自分も寝落ちしてしまうため、いつも明け方に目覚めて原稿を書いています

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