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“いくえみ男子”という綾野剛みたいなヤツが現実にいたら?

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いくえみ綾

『いくえみ男子 ときどき女子 Bitter Sweet Voices いくえみ綾 名言集』ホーム社

 一昔前なら「アニメの女の子を好きになる」という現象も、よっぽどおたくが重症化した男性にだけに見られる例だったように思います。しかし、アニメが公然と日本を代表とするカルチャーのひとつになってからと言うもの、それほど珍しくはありません。「◯◯は俺の嫁」発言に象徴される二次元への愛も「現実の(三次元の)異性からは相手にされないコンプレックスから二次元しか愛せない」と解釈されるのではなく、ストレートに「二次元が好きな人」と認められるようになってきているのではないでしょうか。

 「二次元愛」の変種としては、現実の異性に二次元のキャラクターを投影してしまうことがあります。私の友人にも「俺の彼女はアスカなんですよ!」と豪語するアラサー男性がおりますが、これは外見上の類似を見いだすことに限らず、内面的な相似を見いだす現象です。

 一応補足しておきますと、アスカとは『新世紀エヴァンゲリオン』(このアニメがテレビで放送されてからもうすぐ20周年という事実に改めて驚愕してしまいますね……)に登場する人気キャラクターです。簡単に分析すれば、彼女は「容姿端麗・成績優秀と100点満点に近い能力を持ちながら、他者からの承認欲求に飢えた女の子」なのですが、もっと端的に申し上げると「自分をもっと認めてもらいたい!」という気持ちをこじらせたメンヘラ女子――つまり「俺の彼女はアスカなんですよ!」と言い張る彼の恋人も、そういう種類のめんどくさい女子だったわけです。

 彼の場合「メンヘラ属性の女の子が好き(彼女が眠れなくて真夜中に電話をかけてくるとか、手首を切った報告を受けるなどのやりとりが『自分を頼ってくれている』感じがして良いらしい)」という性格を告白していました。しかし、単なる「メンヘラ属性」ではなく、それが「アスカっぽかった」から、アニメ好きの彼としてはさらに惹かれるものがあったのは間違いないでしょう。

 もし、彼に「現実の彼女そのものが好きなのか、それともそのアスカっぽさが好きだったのか」という問いを投げたならば、答えに苦しむ姿が目に浮かびます。「わたしそのものじゃなくてアスカっぽさが好きだったのね!」と当の彼女に叫ばれたらちょっとした罪の意識を抱くかもしれません。個人的には、「どちらであっても別に良いんじゃないか」と思いますが、ただ、彼は彼女にアスカを投影することによって、自分もアスカに関わるキャラクターになろうとしているように見えて薄気味悪いのです。

 アスカっぽい彼女を支える俺、抱きしめる俺、承認する俺……『エヴァ』で言うところの、加持リョウジ気分で彼が彼女と付き合っているのではないかと思うと、もやもやとするものがあります。これもひとつのおたくの重症化なのでしょうか。

 しかし、このように現実に二次元を投影してきゅんきゅんしてしまうのは男性だけではありません。最近、『いくえみ男子 ときどき女子 Bitter Sweet Voices いくえみ綾名言集』(ホーム社)という本を読んで、私の心はざわつきました。

 いくえみ綾は昨年、代表作『潔く柔く』が長澤まさみ・岡田将生のダブル主演で映画化されたこともあり、漫画家として名前だけは知っていました。本書は彼女の作品に登場する男性キャラクター(いくえみ男子)の名言を集め、その魅力を解説した本です。いくえみ女子たちは、いくえみ男子が現実に存在していないかな~、と妄想を膨らませているんだって!

 一体、いくえみ男子とはどんな存在なのか。ざっくりまとめると

・  細い体躯に、薄い顔(綾野剛みたいなヤツか!)
・  無邪気な少年性を持っている(綾野剛みたいなヤツか!)
・  とはいえ、急に「え!? わたしにだけこんな優しくしてくれるの?」と思わせぶりな行動をとるのでドキドキしてしまう(綾野剛みたいなヤツか!)
・  でも影でずっとわたしを見てくれていて、理解してくれる(綾野剛みたいなヤツか!)
・  唐突に告ってきたりして、意味がわからないがグラッときてしまう(綾野剛みたいなヤツか!)

 といった属性を持っているようです。ひとまず、すべて綾野剛的な男性と理解しましたが、実際にこんな男性がいたらどうでしょうか。「わたしを理解してくれる」、うん、それは良い。「細い体躯に薄い顔」、これも最近ずっと流行だしね、良いでしょう。でも「無邪気な少年性」はどうだろう……? 「たんじょうびきたら/バイクの免許とりにいくから/したら一番好きな女のせよー」とか言う男ですよ。それに突然告ってきたりするんですよ、人目を憚らず。普通に考えたら面倒臭くないでしょうか。さりげなく普通の人とは違う感じ、さりげなく面倒臭い感じ。いくえみ男子はそうしたオーラを漂わせています。

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カエターノ・武野・コインブラ

80年代生まれ。福島県出身のライター。

@CaetanoTCoimbra