『ディア・ピョンヤン』は、先週書かせていただいた『かぞくのくに』のヤン・ヨンヒ監督がご自身の家族を題材にしたドキュメンタリー映画です。ヤン監督は、朝鮮総聯の幹部を父に持つ、在日コリアン二世。4人兄弟の末っ子で、唯一の女の子として生まれました。1971年に、3人の兄が帰国事業で北朝鮮に「帰国」しています。
映画は、「帰国事業」を説明するテロップで始まります。
「1959年から20数年間の『帰国事業』で9万人以上の『在日』が北朝鮮に渡る。
『民族の大移動』と美化されたマスコミの報道と北朝鮮を『地上の楽園』とした啓蒙に、多くの『南』出身の在日が希望を託し『北』へ渡った。
多くの『帰国者』とその家族が日本と北朝鮮の国交樹立、民族統一を信じたが未だ実現されていない。
『帰国者』と呼ばれる彼らは、一度も訪れたことのない未知の国である北朝鮮に渡った人たちである。
北へ渡った『在日』たちが日本に帰ることは、今も許されないままである。
私もあの場所で『北』に行く家族を見送ったひとりである」
親娘漫才
真っ黒な背景に流れるシリアスなテロップが終わると、いきなり生活感まるだしの映像が始まります。ヤン監督と両親の3人で囲む夕飯の風景です。場所はヤン監督のご実家。両親とヤン監督はテンポの良い関西弁で、(関東の基準からすると)超・ハイテンションな会話を繰り広げます。
以下の会話、ヤン監督と監督の父が、漫才のノリでしゃべっている所です。
父:「(結婚の相手は)どんな人でもええわ、お前が好きな奴なら。アメリカ人と日本人だけはダメだ」
ヤン:「それ、どんな人にもならへん! フランス人やったらええの?」
父:「朝鮮人だったら、いい!」
ヤン:「朝鮮人てどうゆう朝鮮人? いろいろあんねんで、今は」
父:「お父さんみたいな人だよ。国籍は問わない。韓国か朝鮮かは問わない」
ヤン:「アメリカ国籍の朝鮮人はどないすんの?」
父:「あかん」
ヤン:「誰でもええことなってないやんかー!」
「動く」平壌
絶妙のタイミングでやりとりされるこの会話、ヤン監督の両親は時々朝鮮語で話しますが、ヤン監督はそれを聞いて、理解し、日本語で答えます。映画は、ヤン監督と両親が、父の古希を祝うため、平壌の兄たちを訪問する様子に移ります。ヤン監督が写した平壌の街の様子がスクリーンに広がります。
「動く」北朝鮮の街の様子を映像で見るのは、私、このドキュメンタリーが初めてです! 路面電車が実際動いているのを見て、写真でしか北朝鮮の風景を見たことがなかった私は感動しました。平壌のホテルのピアノがヤマハだったことに親近感まで覚えました。
けれど、レーニン像に似た、巨大な主席の像にむかってお辞儀をする一同の映像を見て、親近感は一気に薄れます。
優しいお父さん
『かぞくのくに』を見て、私が抱いていた「ヤン監督と両親は、日本と北朝鮮のように、ぎくしゃくしたものなのかな」、という想像は、見事に裏切られました。
ヤン家族、本当に仲が良いんです!
目に見えない「仲の良さ」は、北朝鮮へ向かう船の中、父が身支度をするシーンに、濃い密度で、鮮やかに映し出されています。髪を整える父の背後からカメラを回し、鏡の前に置かれた父のスティックタイプのポマードにぐっと近づき、カメラに収めるヤン監督に「なんやー……」と声をかけて笑い出す父。ヤン監督を見る眼差しが優しくて、慈愛に満ちています。
別のシーンでは、
「こんだけうちのヨメさんと娘がいるから、アボジ(お父さん)はこう、こう、こう……」と、胸を抑え、嬉しそうな表情で、言葉にならない想いを伝えます。娘であるヤン監督にとっては、優しい父。
その父は、身支度の仕上げに、大切そうに党員バッジを付けます。そのバッジを胸に座る父の頭上には、金日成・正日の肖像画。
近くにいれば、単なる「優しいお父さん」。けれど、若干カメラを引き、背後にあるものも含めて写せば、彼は「優しいお父さん」だけでは収まらない、複雑な国や個人の歴史を背負った存在になるのです。このジレンマが『ディア・ピョンヤン』の焦点だと思います。
歴史上、思想上のあれこれを踏まえた上で、最後のシーン、ワタクシ、単純に泣けて泣けて仕方ありませんでした。家族ものが苦手なはずの私が……不覚にも涙が出てきてしまいました。
「アボジとは、ちょっと考え方違うとこあるけど。アボジとオモニの娘で幸せやわ」と語るヤン監督。この言葉がなくても、ヤン監督の両親への想いは映画を見れば、十分伝わってきます。『かぞくのくに』を見た後、「イデオロギーは人の想いなんて踏みにじるものなのだな」という感想を持った私が、『ディア・ピョンヤン』では、「人の想いはイデオロギーを超えるんだな」という感想を持ちました。
そして、ラストでしんみりした後に絶対見逃して欲しくないのは、「アボジの体操」「オモニの表札」「アボジ卵焼きを褒める」などの特典映像! ヤン監督のユーモアと両親への愛溢れる特典映像です。DVDをお借りの暁には、ぜひご覧になられますよう。
■歯グキ露出狂/ テレビを持っていた頃も、観るのは朝の天気予報くらい、ということから推察されるように、あまりテレビとは良好な関係を築けていなかったが、地デジ化以降、それすらも放棄。テレビを所有しないまま、2年が過ぎた。2013年8月、仕事の為ようやくテレビを導入した。