
Photo by Vladimir Pustovit from Flickr
短気集中連載『猫と鬱』
いよいよ、猫シェルターでのボランティア一日目です!
朝の猫シェルターは、「うな~」「にゃあああああああん」「うろ~ん」「ぐるる~ん」と、猫さん100匹分の「ご飯くれ」コールに満ちていました。ケージのある部屋の外でその声を聞いただけで、猫さんたちの側にいることが実感でき、嬉しさのあまり、またもやにやにやしていました。
「これがボランティアさん用の掃除のマニュアルです」とスタッフに手渡された紙を読み、私は心の中でカルガリーオリンピックの伊藤みどりのようにガッツポーズを取っていました。そのマニュアルには「猫には、話しかけないでください」と書いてあったのです!
仕事をするうえで、私が一番苦手とするのは、「話す」ということです。多くの職場では、周りと当たり障りない雑談をして場を和やかに保つ、というのも欠かすことのできないスキルです。しかし私には、それができない。まず、何を喋っていいかわからない。決死の覚悟で喋れば地雷を踏む。そして場を凍らせる。だったら黙ってたほうがまし。
そんな私にとって、理想的な職場ルール! ああ、こんな職場もあったのか……。
私は持参したエプロンを着け、先輩ボランティアさんにケージのお掃除手順を教わりました。猫100匹分のケージと、その中にあるトイレを掃除しなくてはいけないので、大事なのは、「ひとケージ、5分以内で掃除すること」。さらに、感染症などが起こらないように、「汚れた手袋やタオルはすぐに捨て、ひとつの作業ごとに手や道具の消毒を徹底すること」でした。
ケージの扉を開けると、猫さんのプライベートスペースたる、完全な小宇宙が広がっています。大きめのみかん箱ほどのスペースにきちんと収まっているのは、トイレ、ご飯のお皿、毛布代わりのタオル類、そして猫さん自身。掃除婦である私は、猫さんのお家であるケージにお邪魔して、ほっくりほっくり、猫砂を掘り返し、汚れた砂をきれいな砂と替えていきます。水の容器は、残っていても新鮮な水に取り替えます。水を替えた途端、目を細めてちゃぷちゃぷと水を飲む猫さんが多く、嬉しく思いました。
猫というものは、ケージの扉を開けたらすぐさま外に出たがるものだと思い込んでいましたが、意外にも、外に出たがった猫さんは、私がケージを掃除した50匹中1匹だけでした。ほとんどの猫さんは、私がトイレを掘り返し、水を替え、ケージの床を消毒した布でさっさか拭いている間、ケージの奥で静かに待っています。おりこうさんばかりです。
ケージには、猫が自由に使えるタオルが2~3枚入れてあるのですが、ある三毛の長毛さんは、そのタオルを水容器にぎゅうぎゅうと詰め込んでいました。おしぼりを作成していたのかもしれません。深く考えずにおしぼり状のそのタオルをむんずと掴んで水容器から引っ張り出すと、「かぷー!」と、三毛さんに噛まれてしまいました。
猫が本気で噛めば肉なんてきれいに削げ落ちるはずなので、三毛さんはだいぶ、加減してくれたはず。とはいえ、痛いことには変わりなく、私は「いででででで!」と言いながらタオルをケージから完全に引っ張り出しました。すると三毛さんはますます憤慨した様子で、トイレ掃除中も何度か「ばしばし!」と手を攻撃されてしまいました。これも手加減してくれて、軽い引っかき傷だけで済みました。
考えてみれば、水容器に突っ込んでおしぼりを作るほどなのですから、よっぽどお気に入りのタオルだったのかもしれません。けれどルーキーの私は、掃除のことばかりで頭がいっぱいになってしまい、三毛さんの気持ちに気付く余裕がなかった……。至らなかったと反省しています。もし今度おしぼりを作っている猫さんがいたら、もう引っ張り出したりはしない、と決めています。
■大和彩/大学卒業後、メーカーなどに勤務するも、会社の倒産、契約終了、リストラなどで次々と職を失う。正社員、契約社員、派遣社員など、あらゆる就業形態で働いた経験あり。