連載

猫の懐の深さに唖然! 猫シェルターボランティア勤務の魅力

【この記事のキーワード】
Photo by anaa yoo from Flickr

Photo by anaa yoo from Flickr

短気集中連載『猫と鬱』

 掃除中、ゴトン! と音がしたので、音のしたほうになにげなく顔を向けました。その方向にはケージが沢山あるので、どのケージから音がしたのかはわからない……と思いきや、キジ白の子猫が、「ちがうもん……! ぼ、ぼくじゃないもん……!」という表情で私を見つめながら硬直していました。子供も子猫も、なぜ「しまった」と思っている表情は同じなのだろうか。あまりにバレバレで、可笑しくなりました。「いたずら盛りなんだし、音なんて、いくらだって立ててもいいんだよ。誰も怒らないよ」懐かしさを覚えるキジ白ちゃんに向かって、テレパシーで語りかけました。(声がけ禁止なので)

 別の部屋にはヴェルサイユ宮殿の貴婦人でさえ嫉妬に失神するであろう、美しい緑色の宝石のような瞳を持った白猫さんがいました。しかし、猫さんは14歳とご高齢で、私の掃除中は半眼を閉じ、美麗なグリーン・アイズはほぼ隠されたまま。プルプルと体を振動させながら、寝てらっしゃるのか起きてらっしゃるのか、判然としませんでした。ちょっぴり、舌が出ていました。

 猫も人間も、ご高齢になると雰囲気が似るのでしょうか。私は天国にいる祖母の面影を、白猫さんに見ていました。(祖母の目は緑ではありませんでしたが……)

 トイレ砂をキレイにし、お水を替え、ケージを消毒して「ふぅー終わったかー」と思ったところで私は気づいてしまいました。汚れが付着したタオルが白猫さんの下敷きになっていることを……! しかも、お客さんから一番よく見える面に汚れが向いていて、これでは白猫さんのプレゼンテーションによくない。

 私は、うたた寝している白猫さんを起こさないよう、慎重に、慎重に、汚れの付着したタオルを猫さんの下から引っ張りだそうと試みました。

 「ズリズリ……」タオルを引っ張っても、白猫さんは「プルプル」と振動を続けるのみ。「ズリズリ……ズリズリ……」さらに引っ張ると、白猫さんは、口を「モゴモゴ……」とさせました。「ズリズリ……スポン!」ようやく汚れたタオルを、白さんの腹から抜き出せました!

 「やった……!」と、ミッション・コンプリートに自己満足を覚えていたところ、白さんの様子に変化が訪れました。それは、白いユリの花がゆっくりと開いていくような、優雅で緩やかな動作でした。プルプル……モゴモゴ……の動きは止めることなく、ゆっくりとスフィンクスのポーズからお座りのポーズへと白さんの体勢が変わっていきます。ようやくお座りのポーズに至った白さんは、プルプルしながら、かっ! と目を見開きました。猫シェルターの至宝、グリーン・アイズ、御開帳! 美しさに目を見張りました。その深い緑の瞳で私を鋭く見据えた白さんからの、低く短い、一声、

 「んにゃっ!」

 天国にいるおばあちゃんに、叱られたような不思議な気持ちになりました。咄嗟に、私は謝りました。「申し訳ありません……」と。

 すると、白さんは、「うんうん、いいのよ、ま、頑張んなさいね」と言うように、目を細め、ぷるぷるとしながら、再び半眼で、ゆるゆるとスフィンクスのポーズに戻りました。再び、寝ていらっしゃるのか、起きてらっしゃるのか、わからなくなってしまった。

 おしぼりを作成していた三毛さんと同じく、きっと白さんも、タオルを引っ張り出されたことにご立腹だったのだろうな……。けれど、噛んだり引っ掻く代わりに、優しく叱ってくれたんだ……。白さんの体は私の体の何十分の一の小ささだけど、人格(猫格)は、私なんかよりよっぽど懐が深い。白さんの、器の大きさを感じました。

 猫さんたちのケージを掃除し終わっても、フロアのほうきがけやモップがけ、換気、ごみ捨て、備品の補充など、やることは限りなくあり、気づいたら4時間あっという間に過ぎていました。本当に「あっ」という間でした。

 帰り際、スタッフに「歯グキさん、次はいつ来られますか?」と声を掛けられ、私は「また来週来ます」と平静を装って答えつつも、心の中は「わー! 私の名前、覚えてて下さったんだー! 人に名前呼ばれるの、久しぶりだなぁ!」など、ざわざわしていました。

 帰りの電車に揺られながら見ると、手の甲に少なく見積もっても20箇所くらい、噛み跡や引っかき傷があり、ミミズ腫れになっていました。ひとつひとつのミミズ腫れをじっと見つめつつ、猫さんたちの後頭部から耳のあたりまでの形を何度も何度も思い出しながら、帰路につきました。

 ■大和彩/大学卒業後、メーカーなどに勤務するも、会社の倒産、契約終了、リストラなどで次々と職を失う。正社員、契約社員、派遣社員など、あらゆる就業形態で働いた経験あり。

backno.

 

大和彩

米国の大学と美大を卒業後、日本で会社員に。しかし会社の倒産やリストラなどで次々職を失い貧困に陥いる。その状況をリアルタイムで発信したブログがきっかけとなり2013年6月より「messy」にて執筆活動を始める。著書『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』。現在はうつ、子宮内膜症、腫瘍、腰痛など闘病中。好きな食べ物は、熱いお茶。

『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』