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4歳児が母のためにヌードモデルを務めた問題作『ヴィオレッタ』!「ロリータ・スター」と呼ばれた少女の叫び

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 母は私が4歳の時から写真を撮り始めたんだけど(略)映画では、やっと歩き始めたばかりの子供にヌードでポーズを撮らせるなんてとてもできなかった。それに、私がずっとやってきた裸でアクセサリーをつけた少女のような、いわゆるヌードについては隠しているの。私が撮る側に回った時、ハイヒールを履き、ガーターベルトを身につけ、開脚するような少女を演じさせることはできなかった。暴力だってもっと酷くできたかもしれない。(略)私の限界はそこだった。自分の傷とは距離を置いているのよ。(pp.6-7)

 この回答からは、2つのことが伺えます。

 まず、イオネスコ監督は、自身の映画に主演する、ヴィオレッタ役のアナマリア・ヴァルトロメイを、自分と同じような児童ポルノの犠牲者にはしたくなかった、ということ。

 『ヴィオレッタ』撮影当時、ヴァルトロメイは10歳半だったそうです。私は、どこまで主演の子役がヌードを披露するのか前知識がなかったので、ハラハラしながら映画を見ていました。子供がヌード姿で消費される姿は、映画の中であっても私は見たくない。ヴァルトロメイ演じるエヴァは、作中、大胆に露出した衣装やガーターベルトは着用してはいますが、全裸というわけではなく、見ていてホッとしました。

 二つ目は、実際にイオネスコ監督が生き抜かなければならなかった現実は、映画で描かれているよりも過酷だった、ということです。

 イリナ・イオネスコが娘エヴァの写真を撮り始めたのは1969年。60年代、70年代といえば、ドラッグ全盛の時代です。幼い娘にヌードモデルをさせるような母親が、ドラッグから娘を守ったとは思えません。私はエヴァ・イオネスコ監督が、子供時代どんなひどい環境に身を置いていたか、軽く想像しただけで心臓に悪い影響がありました。

 けれど、劇中では、ヴィオレッタが化粧をして母親の夜遊びに付き合わされるシーンなどはありますが、性的な表現と同じくドラッグに関する露骨な表現も規制されていたので、見ていて少しは安心でした(とはいえ、映画で描かれている範疇では済まなかったであろう現実を想像すると、心が痛みます)。

ヴィオレッタへの憧れ

 劇中、ヴィオレッタは母親に向かって「あなたはもう私の母親じゃない! 私の母親は、死んだ!」と叫びます。ああ、私も子供時代にそんな風に口に出して言えていたら、どんなによかったでしょう!

 私はきっぱりと母との精神的な独立を宣言するヴィオレッタを尊敬すると同時に、母親に生活面を頼らなくては生きていくことができない12歳の子供が、実際にはこんな言葉を言えるわけがない、とも思います。もし現実のエヴァが子供時代、母親にこのように言っていたなら、きまぐれな母親に捨て猫のように捨てられていたでしょう。気分屋の母親を持った子供は、常に母親の顔色を伺わないと食や睡眠にありつけないのが現実です。そして、子供にとって母親とは神に等しい存在です。「私の母親は死んだ」と言うのは、「神は死んだ」と同義だと思います。12歳の機能不全家庭にサバイブする子供は、そんなリスキーな言葉を吐けるような安全な場所に生きてはいません。

 だからこそ、「私の母親は死んだ!」と言えていたらどんなによかっただろう、と憧れをもって大人の私はヴィオレッタを見るのです。

 ヴィオレッタは、エヴァ・イオネスコ監督の分身でありつつ、彼女の子供時代の理想化された姿だと思います。この映画を通じてイオネスコ監督は、「あなたを支配するような人は死んだと思いなさい。そして、命をかけて支配者から逃げなさい」というメッセージを私たちに伝えるために、『ヴィオレッタ』という映画を制作したのだと思います。

■大和彩/大学卒業後、メーカーなどに勤務するも、会社の倒産、契約終了、リストラなどで次々と職を失う。正社員、契約社員、派遣社員など、あらゆる就業形態で働いた経験あり。

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大和彩

米国の大学と美大を卒業後、日本で会社員に。しかし会社の倒産やリストラなどで次々職を失い貧困に陥いる。その状況をリアルタイムで発信したブログがきっかけとなり2013年6月より「messy」にて執筆活動を始める。著書『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』。現在はうつ、子宮内膜症、腫瘍、腰痛など闘病中。好きな食べ物は、熱いお茶。

『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』